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最近の福祉系番組に対する報道とその反響をはじめ、人として、または倫理的に好ましくないことに対して巻き起こる「大きな声」の高揚感と息苦しさ。
感じているのは私だけでしょうか?
たまたま、関係者に近い人と話をする機会に恵まれ、個人的にも「当事者」に近い環境にあるので、一連の「正しいか正しくないか」「欠点や足りないところを全てが悪いかのごとく攻撃する」という、一つの視点しかないような高見の正義感から何かが生まれ得るのだろうか、とちょっと考えてしまいました。。
報道やネットの声と同じように、報道に関わる方々と接するPRという仕事もまた、誰かへの暴力になり得る怖さと背中合わせです。だから自分の仕事を、より謙虚に、より緊張感を持って進めていかなければいけない、と身が引き締まる想いです。
「自分の考えを一度疑ってみる」「とことん確かめる」「自分の言葉で伝える、自分の言葉だと腹に落ちるまで考える」「過度な演出や印象操作をしない」「心を尽くしてコミュニケーションをする」
この、日々大切にしていることを守り続けます。
そしてこんな時代だからこそ、なんでもアリ・答えは不要・心地よいと感じられるかどうかをベースに、ふわりと寄り添うポジティブな発信を続けていきたいと思います。
なんてことを書きながら音楽を聴いていたら、大学生の時に友人が教えてくれたオーストラリアのインディーズバンド・Frente!のOrdinary Angelsという曲が流れてきました。
当時は気にしていなかったのですが、うわーまさにこの気分!と思ったので一部ご紹介。
Ordinary people
It’s okay
You don’t have to wear those wings
They’re stupid things
では。次回はライトに、美味しいお話を書くつもりです笑
幸せ来い来い。